上野学園 石橋メモリアルホール ここに再び 楽興の時が刻まれる
ホール通信 ステージドア

11/29(月)
2010年秋冬: アーノンクール、再びホールに来る!


アーノンクール氏と旧知の竹内 茂先生、きょうはご報告があります。

 まずは、私共の小さいエオリアンホールで30年前に行われた、ニコラウス・アーノンクールの特別コンサートのことから。――今や古楽の領域を遙かに超え、世界屈指の指揮者として人気を集めているこのマエストロが、たった140人の聴衆を前に10数人の手勢、ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスを指揮し、ヴィオラ・ダ・ガンバを熱演されたのでした。オール自由席で5千円均一。「Conaisseurs(音楽通)のためのコンサート」と命名の上、これを企画されたのは、今は亡き大橋敏成先生(上野学園大学の古楽部門の創始者で、マエストロの数少ない日本人の弟子)でした。

マエストロ・アーノンクールとウィーン・コンツェントゥス・ムジクスの『天地創造』リハーサル風景より(合唱はアーノルド・シェーンベルク合唱団)  ところで、再びアーノンクール旋風が、新しい上野学園 石橋メモリアルホールを吹き抜けました。この秋10月27・28日に、30年前と同じウィーン・コンツェントゥス・ムジクス(といっても今回は40人位のオケ)のリハーサルが、何と二日とも7時間にわたり行われ、学生たちに公開できたのは、ホールの"リニューアル・オープニング"年の、文字通り最高の収穫といえましょう。授業をリハーサル見学に振り替えて下さった先生も沢山いらして、上野学園大学生と同高校生で埋まった客席は期待の熱気をはらんで静まり返り、ハイドンのオラトリオ≪天地創造≫のリハーサルが始まります。

マエストロは全員で話し合って、音楽をつくりあげていきます  昔と変わらぬギョロリとした人を射すくめるような眼、胴回りの肉付きのさらに増した堂々たる体躯から迸る音楽づくりは、5年前の京都賞の受賞時に行われた、京都のオーケストラの練習風景を見せるというワークショップとは似ても似つかないものでした。ハイドンの端正な音たちが、マエストロの「魔法の手」にかかると躍動し、瑞々しく生まれかわるのですが、ここはこうして欲しいと大声で説明し、ディスカッションする時間の長いこと。楽員やソリストやシェーンベルク合唱団員から質問や提案や反発があると、そのたびに丁寧にしかもむきになって受け答えしている80才のマエストロは、人形劇団を設立してドサ回りをしていたという、10代の彼のお姿(といっても見た訳ではないけれど)とどこか重なり合うような、少年のひたむきさを宿していました。

 アーノンクール氏はホールの響きに満足の意を表されていました。バッハのロ短調ミサ曲をNHKホールで聴いた私の若い友人が、「このホールで聴くとシェーンベルク合唱団が100倍もすばらしい響きになっていますよ」、と興奮していました。〈光あれ!〉の壮麗なコーラスでは、眩く、しかもいぶし銀のような光がホールにさし込んだかと思われました。これを終えた時、マエストロは大声で、「 Sehr gut(とっても良い)!」を3回繰り返されました。

学生の質問に丁寧にお答えくださいました リハーサルの最後、(夫は若くはないので疲れていたら無理ですよ、とアリス夫人に釘をさされていたのですが、)夫人のOKサインをいただき、学生のマエストロへの質問コーナーを作りました。まさに千載一遇の機会です。マエストロは、4人の(素朴だったり、たどたどしかったりする)質問に丁寧に答えて下さいました。その真摯なお人柄に打たれて涙ぐんでいる学生もいれば、僕のいうことを聞いて直接答えてくださったことは一生の宝、と喜ぶ学生もいました。

 さて、確か1980年のコンサートのことに戻りましょう。マエストロもアリス夫人もその時のご記憶は薄いご様子でした。急遽立ち上げられた、エクストラのコンサートでしたから。その時の聴衆も、学園の中では指揮の有村祐輔先生と私だけになりました。曲目もうろ覚えでしたが、先生がお電話で教えてくださり、コンサートが甦りました。――それ以前にウィーンでアーノンクール氏のレッスンを受けていた竹内先生に、マエストロが当日のプログラムのリクエストを求められ、先生がビーバーの《戦争》を提案されたとのこと。ヴィオローネを持参していない、とマエストロが言われたので、先生のお手持ちの楽器を提供されたとは知りませんでした。演奏後にヴィオローネ担当者が「借りた楽器は弦が太くて、スネアでなく大砲のように響くね」とボヤいていたとは、いやはや、いかにも良き時代のエピソードです。

マエストロ・アーノンクールとウィーン・コンツェントゥス・ムジクスの『天地創造』リハーサル風景より なぜって、今回ハイドンのオケで使われていたという18世紀の太鼓を持参されましたが、その運賃だけで、信じられない額の航空運賃がかかったというのですから。そして、何よりもリハーサルが明けて10月29日、サントリー大ホールの《天地創造》本番の気魄溢れる演奏のあと、マエストロのサインを求める何百人の列ができたのを目撃しておりますから。

 そう、「年年歳歳花相似たり 歳歳年年人同じからず」です――記憶の底から呼び戻された超ミニのコンサートと、聴いたばかりの大ホールを揺るがせたコンサートと。でもどちらも、私が音楽家として敬愛して止まないアーノンクールの所業として、私の記憶の中で等しく輝き続けるでしょう。            

 11月25日 船山信子


※竹内茂上野学園大学名誉教授(ヴァイオリン)は、長らく器楽主任・楽器研究室主任として、大学オーケストラ、古楽器収集や古楽部門の発展に寄与された大先輩です。

※写真:青柳聡、上野学園 石橋メモリアルホール (無断転写、複製は固くお断りいたします。)

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